Episode.6

「照らされた枯葉の上に」

初めてできた友達
小さな勇気が新しい芽をひらかせた
何ももっていない自分へ寂しさを隠したまま この街を後にする
透きとおる爽やかな香りは 風に靡いて消えて
街外れの高台から眺めていた一番高い山を目指すことだけ考えた
ここにきて 持っていたお金も底がみえる
何かの為に備えてきたものは みたこともない世界の引換券となっていた
ポツリポツリと降り出した雨は 瞬く間に山々をぼかす
足速に林道に入る 濡れたコートを木にかけ 乾いた枝葉を集めにいく
少し先に見える大きな木の下に 無精髭の男がもたれかかっていた
汚れた服で重ねられ 大きな鞄の横に酒瓶が数本転がっていた
しゃがれた声 にごった目 ゆがんだ表情 くずれゆく身体 ざに伏して まけていく 人間の形
背をむけ 一瞬 逃げる 心を捨てきり がむしゃらに 身を挺して つなげる くびを。
川へ水を汲みにいき 火を起こし暖をとる 数日分もっていた食べ物もわけ与え介抱した
なぜそこまで必死になったのかわからない でもここで通り過ぎたら後悔してしまうと感じた
S日をこえた 枯葉の寝台と衣服の布団で眠る男は少し楽になった様子だった
雨落ちる白昼ここ 地で擦れるの音 木々の傘 糸遊の不思議
雨降りしきる夜 時が経つ やすらかな闇に溶けて消えていくよう
雨上がりの朝 立ち籠める霧 千の射す日の光 森の息吹
再び命が宿った
深々と拝謝する涙の男
鞄の中から取り出した麻袋を旅人に手渡した
「 私がつくった靴だ、受け取ってくれ ... 」
とても美しい革の靴 力強くも繊細で丁寧な心が伝わった... が、履けなくて失笑する
「 金になるから 売ってもいい とにかく受け取ってくれ 」
咳き込みながら笑う男は 大きく波うった人生を終えようとしていた時だった
酌み交わされた言の葉はゆらゆら落ちていったが
一枚一枚を拾いあげて 靴の男に渡していった
「 あなたが創ってきた道は 必ず誰かの役に立つから持っていて欲しい 」
そう告げて立ち上がり歩き出した 林道をくぐり森の奥へと進んでいく背中を
片手のない男はみつめていた

衣屋 - Koromoya - 11/27 OPEN

「 始まりのつづき展 Vol.3 」

こうべくつ家 森田圭一さんの
ひとつの火から生まれた
「始まりのつづき展」。
2022年に神戸 須磨に佇む
こうべくつ家でこの物語が始まりました。
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DATE:
2023.11.27(MON)- 12.3(SUN)
11:00 - 18:00
PLACE:
衣屋 - Koromoya -
新潟県新潟市中央区学校町通2-598
CONTACT:
yutosato.25@gmail.com

[ MAP ]

Episode.1

「始まりの旅」

それは、つまらない日常から一歩踏み出した勇気である
男の子なのか女の子なのか定かではない
好奇心を秘めた 19歳
みたこともない世界をみたくなって
身の周りにあるモノを広げ集めて大きなバッグに詰め込んだ
次の朝に旅に出よう
そのおもいは衝動的に心と身体をひとつにした

Episode.2

「美麗なる景色」

旅の終着地点は決めていない
家々が連なる石畳を抜け 
水の張った田園風景の広がる道を歩く
うつりかわりゆく初めましての景観
澄みきった青空の下 
川のせせらぎに滝のミスト
山が頬を赤らめ 鈴の音を奏でる
真っ白なキャンバスに深い足跡をのこす
心が躍った 自由な いま に
それはすぐに訪れる。
ひとりの時間はあっという間に満たされた
枯れ木を集め 地上にオレンジ色を灯す
夕闇とともに不安の煙が立ちあがる
手が震え 鞄の中にあるモノを着重ねた
孤独 怒り 苦しみ 
あてのない旅に迷いがうまれ
暗黒の中でもうひとりの自分と喧嘩した
ふと
灰色の綿の合間から光が伸び
頭上をこえて遠く離れた森をさした
導かれるように ザクザクと音のなる道を進む
駆け抜ける 風と共に 高鳴る鼓動は大きくなる
灰色の綿が溶け出して 満天の星海が広がった
光が導いたのは 神々しく光る巨大な樹木だった。
樹氷の花が咲き誇り キラキラ輝く佇まいに
心が躍った 心が湧いて 心が溢れた
樹木の前で呆然と立ち尽くし
あぁこれだ これなんだ と何度も唱えた
はっと 寒さに気づき
かじかむ手をポケットにいれ樹木をあとにする
絡まっていた糸がほどけ 笑顔がこぼれた

Episode.3

「汽船去る波打ち際」

砂浜にいた
灰色と紺色の混ざる空気が遠く漂っている
波打ち際 大の字に寝転んで空を仰ぐと
海風が肌をやさしく撫でて 
ひいてはよせる 波の声が重なりあう
雲掛かる先に 無数の星屑が鏤められ
天と地がひっくり返って
空に落ちてしまうような怖さに
もてば崩れる砂を ぎゅっと強く握りしめた
目をとじると 小さな雫が生まれ
こめかみを通り抜けて 流れ星のように地面に消えた
ふたつのよる と ふたつのあさ
あてのない旅は海を渡り
新たな大地に足を踏み入れたのだった
海上にいた
着重ねた服を鞄にしまいこんでしばらく経つ
雪解けの川をつたい 木漏れ日をくぐり 緑の丘を越えて海へでた
どこを見渡しても 一面広がる青がみたくて船へ乗る
岸壁に立ち見送る人々 控えめな汽笛の音と共に
船体は岸をはなれ 灯台の白い光を頼りに 汽船は導かれる
案内されたのは2等客室
広い絨毯が敷いてあり いくつかの乗客が腰を下ろしている
家族らしい 学生らしい 音楽家らしい 恋人らしい
兄妹らしいふたりの子供が 走りまわっていた
目の前を通ると 途端に静かになり 女の子が目を合わせる
ポケットからふたつの飴玉を取り出して 旅人の手のひらに置いた
微笑む表情をのこして 子供達はまたはしゃいでいたのだった
甲板にいた
雲ひとつない清々しい空に
見渡す限りどこまでも続く青い海が広がった
地平線の向こう側に新しい世界が待っている
高鳴る胸に鳥肌がたった
広間の中 椅子に座って日記を書いていた
丸眼鏡をして髭を生やした老紳士が
歩み寄ってきて話しかけてきた
「 君の幸せはみつかったかい? 」
たわいもない会話から 不意なその一言は心を乱した
「 まだみつかっていません。あなたは? 」
老人は微笑んだまま その場から去っていった
乗客が賑わう夜の広間 
心の中で控えめな汽笛の音が鳴り響いていた

Episode.4

「忘れゆく夢の跡」

あなたの軌跡を印すこと。
老紳士のすヽめは 思考の領域を広げた
どんなカタチでもいい 遺さないと忘れられてしまうから と。
五感を研ぎ澄ます 可能性を探し 
みつけたカケラを拾ってはポケットにしまい込む
言葉から線描へ 
寝そべりながら描く 毎夜の旅日記がたのしみになっていた 
蝋燭の火を吹き消し まぶたをとじる 
シーツの擦れる音が身体からはなれ 夢の世界へいざなわれた
どこか懐かしい香りがした
あれはこどもの頃のお気に入りだったクローゼットの中
布の山に埋もれて身を隠す かくれんぼでは無敵の場所だった
柔らかな温かさに包まれ コットンフラワーの香りに癒しを与えられた
だんだん息苦しくなって扉を開けると 新鮮な空気がすぅっとはいりこみ
窓辺に差し込んだ光が 無数の繊維に反射してキラキラしていた
あの頃大切にしていた手巻き式の壊中時計はどこへいったのだろう。
もう戻れない とおい過去におもいを伏せ 
まだ見えない とおい未来におもいを馳せ
この世界に降り立って生きていく間に
幾つ したいことが 生まれ 幾つ したかったことを残して 死んでいくのか
ぐるぐる巡る思考の回路が  時計の針が進むにつれて薄い記憶を溶かしていく
そうだ 今だ 。
夜と朝の隙間  すくっと起き上がる  
あの老紳士の問いが蘇り 壮快な気持ちになった 
そう、 今 しか変えられないんだ 
過去の中にもきっとあった 未来の中にもきっとある  
幸せ とは 
理想の中にヒントがあると発見した。

Episode.5

「共れる野心を革命に込めて」

夜が明けた。
船着場からみえる港街へいくと そこはまるで違う世界だった
見たこともない衣服 や 聞いたこともない言語で話す様々な人が行き交い
柔らかい曲線を帯びた動物や植物は鉄や石に姿を変え 美しい建築となり連なっている
風でなびく木々に 小鳥のさえずり 水の流れる音色
人と自然が共存する姿を感じる反面
ボロボロな姿をした浮浪者や子供が 路上で金や食べ物を乞い
ガヤガヤする市場で熱気に満ちた喧騒が鳴り響く
生々しくハリのある緊張感に興奮していた 少しここに滞在してみよう
高まる冒険心を抑えながら 水と食料を手に入れ 宿を探し
蝋燭の火の灯るベッドの上で旅日記を記した 
朝がくる。
散策しようと外へ出た
並木通りをぬけ広場がみえると そこには人が集まっている
積み上げた木箱に登り 少年少女達が何かを提唱していた
冠をかぶり布を合わせ繕ったマントを広げる王様のような格好をした少年がリーダーのようだ
革命家 料理人 教師 航海士 医者 絵描き 歌手 愛 自由 平和...  
それぞれが持つ夢を大きな声にのせて 
俺達がこの国を変える!! さぁ皆よ立ち上がれ!! 前へ進め!! と声を張り上げる
群衆は嘲笑し 罵声がとび モノを投げられ 去っていく人がほとんどだったが
彼らの前に置かれたベレー帽にコインを入れたり 小さく拍手する人 声をかけ応援する人もいた
不器用ながらにも 一生懸命に放つリーダーの瞳には命が宿っていた
何かを伝えたかったが 勇気が出ずに 逃げるようにその場を後にする 後悔が跡に残る 
朝がやってくる。
この土地は温暖な気候で海に面し 貿易や観光により多種多様な人が混ざり合い 
独創性溢れる芸術が生まれ 独自の文化に発展したようだ
画廊が点在し 額や画材を持ち歩く人が多くみられた
広場を通るとあの彼らはそこにいた 心なしか少なくなっている
昨日とは打って変わって人はちらほら 夢の提唱はこだまして消えていく
立ち止まるのが恥ずかしくなり 彼らの前を横切った
街の中心に建つ美術館にはいると 
想像を越える大きな絵画がいくつも飾られ 自然とはまた違う迫力が目の前に広がった  
中でも 民衆を先導する女性が描かれた絵 に心打たれた
人の手によって創られたものでこんなにも感動するのか
ポケットに集めていたカケラや遺しているものが いかに小さいかを知り 
絵画の前に立ち尽くしていた
朝はやってくる。
あの絵がみたい 何が自分と違い 何が自分を動かしているのかを知りたくて
毎日美術館へ通い 気づいたことを旅日記に描いていく
広場を通る度に少年少女はそこにいた 日を追うごとに仲間が消える 
いつしかリーダーの少年一人だけになっていた
寂しそうな光景だったが 彼の変わらない意志を感じた
咄嗟に話しかけてしまった 「 君にみせたいものがある 」 
日々通っていたあの場所へ連れていくと彼はびっくりした「 なぜ知ってるの? 」 
旅人も思いもよらない反応にびっくりした
その絵は彼の祖父の作品だったのだ
この作品をきっかけに絵描きになろうと決め 
自分が描いた絵で世界中の人を感動させたい と志し あの広場に立っているというのだ
偶然が重なり 喜びと興奮で感じたままを伝えた 彼の心にも火が灯る
心に引っかかっていた後悔の跡はいつの間にかなくなっていった
絵を見ないかと案内され 祖父の描いていた場所を引き継いだ彼のアトリエは
多くの絵が壁に飾られ 古びた家具 描きかけの絵 大量の画材と筆が置いてある
彼の絵は線で構成された抽象画だったが あの絵と近しい何かを感じた
時を忘れるくらいに色んな話をした 心が湧いて溢れる程たのしかった
夜も更け帰路につく前に ポケットからひとつの飴玉を取り出し彼に渡した 
「 これは友達の証だ 」
「 それなら僕からも 」と小さな絵をもらった
互いに笑顔になりその場を後にする
その絵の題名は 「 それでも朝はやってくる 」
次の日 たくさんの絵が広場に並び 彼は変わらない瞳でそこに立っていた。